中国地方海運組合連合会より新聞記事紹介の情報を頂きました。

 2016年2月9日(火)付の中國新聞SELECTの紙面に(1頁目)中国地方海運組合連合会・藏本会長の記事が掲載されましたので、ご案内致します。

 新聞記事をPDFにて添付しておりますが、同文章を以下にも掲載しました。

 尚、中国新聞社の許諾を得て今回の記事を転載しております。

 
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 山口県は古くから海上交通の要衝として東に上関、西に下関(赤間関)、そして県央部に私の生まれた中関(防府市)があり、防長三関として栄えてきました。かつて瀬戸内海西部には船の荷を検査する番所が置かれ、都に近い方から上関、中関、下関と呼ばれたといわれています。

 上関は16世紀ごろ、海上交通の拠点として関所を設け、船から帆別銭という通行料を徴収していました。さらに潮待ち、風待ちの港として北前船の寄港地になりました。明治末期には三陽線開通や汽船の出現などで役割は縮小しましたが、それでも石炭が主なエネルギーであった時代には活気もあり、夫婦乗りの石炭船で若松(北九州市)と大阪間を往復していました。

 中関は下関の上関の中間にあることが名前の由来で、萩藩主が塩の積み出し港として整備しました。芝居小屋などの娯楽施設を許可し、港町としても栄えました。現在、マツダ車の輸出積み出し港として大型車両船や、中国、韓国向けコンテナ船が出入港しています。

 下関は関門海峡に面し、古代から九州への航路がありました。江戸時代に入ると、上関同様に北前船の寄港地として栄え、明治には対韓貿易の中心地となりました。現在は東アジアと全国各地を結ぶ中継地として重要な役割を担っています。

 内航海運は現在、国内物流の約44%(輸送活動量)を担っています。特に石油製品・石炭石・鉄鋼・セメント・製造工業品などの産業基礎物資では約90%を占めています。ただ山口県内航海運組合では、ピークの1969年に324社あった事業者は陸上輸送へのシフトや高齢化などにより2015年12月1日現在、54社となるなど減少を続けています。

 しかし、内航海運は近年、環境に優しい輸送手段として再認識されています。トラックのドライバー不足で陸送から内航輸送への転換も注目されています。国内輸送の要を担う自負を持ち、効率化などにさらに努めていこうと思います。

                                           中国地方海運組合連合会 会長

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中国新聞社の指示により、本記事の掲載期限は2017年2月18日までとします。